広島県尾道市、大宝山(千光寺山)の中腹から尾道水道を見下ろす「千光寺」。断崖に張り出すように建てられた朱塗りの本堂や、夜ごと光を放ったという「玉の岩」の伝説、尾道の街並みを象徴するロープウェイなど、見どころの多い古刹です。今回は、千光寺が歩んできた歴史と、境内に伝わる伝説・見どころについて詳しく紹介します。
千光寺の歴史 ― 大同元年の開基から現在まで
千光寺の創建は平安時代初期の大同元年(806年)と伝えられています。開山したのは、唐から帰国したばかりの弘法大師・空海とされ、真言宗の寺院として大宝山の中腹に建てられました。その後、平安時代中期には多田満仲(源満仲)によって中興されたと伝わり、長い歴史の中で幾度となく整備・再建が重ねられてきました。
戦国時代には、この地を治めていた杉原元恒が千光寺山に出城を築いたことでも知られています。瀬戸内海の要衝である尾道水道を見渡せる立地は、信仰の場であると同時に、軍事的にも重要な拠点だったことがうかがえます。現在、千光寺は特定の宗派に属さない単立の真言宗系寺院として、本尊に千手観音を祀っています。中国三十三観音霊場の第10番、山陽花の寺二十四か寺の第20番としても知られ、今も多くの参拝者・巡礼者が訪れています。
崖に張り出す「舞台造り」の本堂

千光寺を象徴する建物が、断崖に柱を組んで張り出すように建てられた本堂です。現在の本堂は貞享3年(1686年)の建立とされ、京都・清水寺などで知られる「舞台造り(懸造り)」という建築様式を採用しています。この様式は、急峻な崖地に寺院を建てる際に用いられる伝統工法ですが、この地域では非常に珍しく、千光寺本堂は貴重な現存例として知られています。
本堂の内陣にあたる須弥壇(仏像を安置する台座)は、応永年間(1394〜1428年)から永享年間(1429〜1441年)にかけて作られたとされ、日本と中国の様式が混ざり合った意匠が見られます。また境内の鐘楼は、竜宮城を思わせる「竜宮造り」の外観が特徴的で、尾道の民謡にもその音色の美しさが歌われているほど、遠くまで響き渡る鐘の音で知られています。
秘仏・千手観音と「火伏せの観音」
千光寺の本尊は千手観音で、聖徳太子の作と伝えられる秘仏です。普段は厨子の中に安置されており、33年に一度だけご開帳されるという、たいへん貴重な仏像です。この観音像は古くから「火伏せの観音」として信仰を集めており、火災除けのご利益があるとされてきました。尾道の街を見守るように崖の上に建つ本堂の姿は、港町として栄えてきたこの地の人々にとって、心のよりどころだったことがうかがえます。
玉の岩伝説 ― 大宝山・千光寺・玉の浦の名の由来
本堂の裏手にそびえる巨岩「玉の岩(烏帽子岩)」には、千光寺を語るうえで欠かせない伝説が残されています。その昔、この岩の頂には「如意宝珠」と呼ばれる宝玉が置かれており、夜ごと不思議な光を放って遠く海上までも照らしていたといわれています。ところがある時、この宝玉の噂を聞きつけた異国の人物が、寺の僧をだまして宝玉をただの石とすり替え、持ち去ってしまったのだと伝えられています。
現在も玉の岩の頂上には、直径約14cm、深さ約17cmの穴が残っており、これがかつて宝玉がはめ込まれていた跡だとされています。今ではこの穴にガラス製の玉が据えられており、夜になるとライトアップによって三色に輝く姿を見ることができます。この伝説にちなんで、山の名は「大宝山」、寺の名は「千光寺」、そしてふもとの港は「玉の浦」と名付けられたと伝えられており、地名そのものに伝説の記憶が刻まれています。
2000年に発見された「鏡岩」の謎
玉の岩と並んで興味深いのが「鏡岩」です。長らく言い伝えの中だけの存在とされてきましたが、2000年(平成12年)、客殿裏の松の木を取り除いた際に、直径約2mの円形をした岩が実際に発見されました。表面が鏡のように滑らかに磨かれていることからこの名がつけられています。古い言い伝えによれば、冬至の日に昇る朝日がこの鏡岩に反射し、対岸の西国寺にある「タンク岩」を照らすとされていますが、誰が、いつ、何の目的でこの岩を磨き上げたのかは、今なお謎に包まれたままです。
くさり山(石鎚山鎖修行)
本堂の裏手には、鎖をつたって巨岩を登る修行体験ができる「くさり山(石鎚山鎖修行)」があります。山頂には石鎚権現を祀る小さな祠があり、かつての修行場として使われていました。戦時中には金属供出のため鎖が取り外されてしまいましたが、平成17年(2005年)、約62年ぶりに一般の参拝者も利用できる形で復活しました。住職の意向により、「本堂から見る景色とはまた違う、一段高い場所からの眺めと奇岩を参拝者にも楽しんでほしい」という思いから整備されたといわれています。冬至の頃には、境内の御船岩から昇る日の出を望むこともできます。
千光寺山ロープウェイと文学のこみち
千光寺山の山頂と麓を結ぶ「千光寺山ロープウェイ」は、昭和32年(1957年)3月25日に開業しました。当初は尾道駅裏から軌道を敷設する計画もありましたが、観光客の人の流れを望む地元商店街からの要望もあり、現在の長江口から山頂を結ぶルートに変更された経緯があります。開業から60年以上がたった今も「尾道といえばロープウェイ」と言われるほど、尾道を象徴する観光施設として親しまれ、数々の映画や絵はがきにもその姿が登場してきました。
山頂と千光寺の間には、文豪たちの作品の一節を刻んだ石碑が点在する散策路「文学のこみち」が整備されており、尾道水道を見渡す絶景を楽しみながら、文学の世界に触れることができます。千光寺公園からの眺めは「日本の夕陽百選」にも選ばれており、夕暮れ時には特に多くの人でにぎわいます。
千光寺へのアクセス
千光寺へは、JR尾道駅から千光寺山ロープウェイを利用するのが最も便利です。ロープウェイ山麓駅(長江口)までは尾道駅から徒歩約15分、またはバスで約5分です。山頂駅から千光寺までは、文学のこみちを下りながら徒歩約5〜10分ほどで到着します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ロープウェイ運賃(片道) | 大人320円/子供160円 |
| ロープウェイ運賃(往復) | 大人500円/子供250円 |
| 運行時間 | 9:00〜17:15(15分間隔で運行) |
| 尾道駅から山麓駅(長江口) | 徒歩約15分/バス約5分 |
体力に自信のある方は、ロープウェイを使わず、尾道駅から続く坂道や石段の参道を歩いて登る方法もあります。猫の細道や艮神社(いかづちじんじゃ)などを巡りながら、尾道らしい路地の風情を楽しみつつ千光寺を目指すのもおすすめです。
千光寺山の中腹に1200年以上の歴史を刻んできた千光寺。舞台造りの本堂や玉の岩の伝説、鏡岩の謎など、随所に残る物語に触れながら、尾道水道を見渡す絶景もあわせて楽しんでみてください。


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